第1回神戸マラソン。応援のつもりが・・・
私に走るきっかけを与えてくれたのは、第一回神戸マラソンです。
当時、厄年であった私は友達が神戸マラソンにエントリーしていた為に、ただ普通に応援へ行くつもりでした。
ところが、母親に近い年代のランナーが背中を曲げながら走っている姿の目の当たりにし、メタボの体でそのまま厄年を生き続けるのか?それとも自分自身にチャレンジするか??自問自答の上に後者を選びました。
そして、走ると決めた以上、まだ応募中であった市民参加型のファミリーマラソンにエントリーしました。
しかし、エントリーはしたものの、当時の私は身体が重く、練習する気持ちにあまりならなかったのも事実で、ほぼ練習することもなくレースに参加しました。
記録は5.2kmで31分19秒
4kmくらいからほとんど歩いたことを今でも覚えています。
2013年の第3回神戸マラソンに参加出来ました
その年の8月に北海道マラソンで初サブ4し、秋シーズンにはもっと好記録と思ってましたが、9月に登山中重度の捻挫になるアクシデントで、完治せずそのまま10月の大阪マラソン、そして11月の神戸マラソンを走ることとなりました。
せっかく抽選で当たった大阪、神戸、もしかしたら二度と抽選に当たらないかも?と思うとどうしても走りたかった。
しかし結果的には、その後数か月後遺症が残っていたので、参加したことが正しいのか誤ったことなのか、未だ私なりの答えは出ていません。
ただ、生まれ育った最初で最後かもしれない、神戸マラソンを完走出来たことは有意義であったし特別な感情もありました。
生まれ育った街や、今、住まれている街の大会に参加するといきなりサプライズの応援があるのも魅力です。
これから走られる方には、地元のレースを目標に練習されることとお勧めいたします。
本気で走った最終シーズン
写真は箱根駅伝のコースを走りたい!という想いから参加した湘南国際マラソン参加時の写真です。
コースマップを見ても、フラットなコースでここでベストを狙わないといつ狙う?って感じで参加しました。
会社の設立は決まっており、翌年からしばらく会社経営に専念しようと思っていたので、それまでは頑張って走れる!必死で走ろう!!と思い、月走300kmを超えることもありました。
良い悪いは別として体重は66kg台、体脂肪%も10%近くまで落としました。
結果的には、湘南国際では目標は自己ベストは出るも、フルは目標のサブ3.5は出来ず、ハーフもサブ1.5は出来ませんでしたが、本人なりには最終年度は怪我もなく、実力は出しきったものと思っています。
そして最初で最後となったウルトラマラソン、武庫川ゆりかもめ70kmウルトラマラソンをもって一旦市民ランナー一旦引退しました。
約4年のランナー歴で、体重82kg→66kgまで落とすことが出来ました。
そして色んな達成感も味わい、自信もつき創業への勇気にもなりました。